[お偲び] 薄場眞 氏(医療法人真秀会 理事長、薄場皮膚科医院 院長)

薄場眞(うすば・まこと)
命日: 2017年3月25日 10時25分
(青森県八戸市の自宅で)
年齢: 89歳
出身: 宮城県仙台市
肩書: 医療法人真秀会 理事長、薄場皮膚科医院 院長
事由: 病気
葬儀: 2017年3月30日
喪主: 明子(あきこ、長女)さん
備考:1960年から薄場皮膚科医院院長を務め、90年に真秀会理事長に就任した。軟こう治療に尽力し、全国から訪れるアトピー性皮膚炎などの患者を治療した。
参照:
薄場 眞氏(うすば・まこと=医療法人真秀会理事長、薄場皮膚科医院院長)

6つの追悼の言葉があります

  1. 先生の逝去の報に接し、心からお悔やみ申し上げます。

    娘がお世話になりました。
    先生のおかげで娘の症状も軽くなり本当に感謝しております。

    安らかなご永眠をお祈り致します。


    匿名
  2. 先生、本日、次男と一緒に病院に治療に訪れています。看護師さんに先生が亡くなったことをさっき聞いて、本当に残念で残念で仕方ありません。最初に訪れたときは、自分もアトピーで病んでいたのに、先生の笑顔、放つオーラ、優しい語りでいきなり救われたのをしょっちゅう思い出します。病院の雰囲気、看護師さんの一人一人に真剣に抜くことない全力の処置や説明、見ていて気持ちいいほどのお互いに助け合いながらの連携、忙しいのにバスの時刻や名所の紹介までしていただくほどの温かさ、どれを取っても、『職場とはこうあるべきだ』と教えられました。それから、考え方も変わりましたし、お互いに声を掛け合いながらの職場の雰囲気の大切さにも気付きました。先生の患者第一の考え方がそういう病院をつくりあげたんですね!
    何より、私と息子たちのアトピーを助けて頂きありがとうございました!!
    先生はネットが得意ではなさそうなのでこれを読まれるかはわかりませんが、本当は直接お礼を伝えたいです。
    今まで何人の方を救われたかわかりませんが、本当に長い間走り続けられてご苦労様でした。安らかにお休み下さい!
    先生に負けないように私も人生頑張ります!


    北海道の酪農家
  3. 薄場真先生のご逝去を心から淋しく存じます。ご冥福をお祈り申し上げます。
    先生のお父様は現在の東北大医学を大正時代に出られ、昭和初期、清水市で開業され、近隣では名医で有名でした。私の妹が全身の痒みをかきむしり、薄場皮膚科でみていただきました。先生の根気強い治療できれいに治りました。あれはアレルギーだったのかも知れません。真先生は清水からはまれにしか入れない静岡中学(現在の静岡高校)を経て、旧制静岡、東北大学医学部に進まれ、東北大学で研究の末、お父様の八戸の病院(清水は空襲で全焼)を継がれました。
     困難を承知でアレルギー治療に生涯を捧げられ、昨年末、車椅子生活だけど患者さんの来られる限り医者を続けると電話でおっしゃっておれれたのに、突然のご訃報に驚いています。親子二代医に生涯を捧げられたのです。お嬢様が皮膚科のお医者様です。この方もお子様を4人育てられ、医師を続けておられます。きっとお父様のあとを継がれることでしょう。多くの看護師さんたちも何十年も薬作り、


    匿名
  4. 今、ネットで知りました。
    いつもお世話になっていた者です。
    私の症状も今ではかなり良くなりました。
    今年も行く予定を立てていましたが…残念でなりません。

    ご冥福をお祈り致します。


    匿名
  5. 今インターネットで亡くなられたことを知りました。
    今年も来月に行く予定になっていたので、とても残念で寂しい気持ちで一杯です。
    先生、長い間お疲れ様でした。


    匿名
  6. 薄場真先生のご逝去を心から淋しく存じます。ご冥福をお祈り申し上げます。
    先生のお父様は現在の東北大医学を大正時代に出られ、昭和初期、清水市で開業され、近隣では名医で有名でした。私の妹が全身の痒みをかきむしり、薄場皮膚科でみていただきました。先生の根気強い治療できれいに治りました。あれはアレルギーだったのかも知れません。真先生は清水からはまれにしか入れない静岡中学(現在の静岡高校)を経て、旧制静岡、東北大学医学部に進まれ、東北大学で研究の末、お父様の八戸の病院(清水は空襲で全焼)を継がれました。
     困難を承知でアレルギー治療に生涯を捧げられ、昨年末、車椅子生活だけど患者さんの来られる限り医者を続けると電話でおっしゃっておれれたのに、突然のご訃報に驚いています。親子二代医に生涯を捧げられたのです。お嬢様が皮膚科のお医者様です。この方もお子様を4人育てられ、医師を続けておられます。きっとお父様のあとを継がれることでしょう。多くの看護師さんたちも、心を込めて、何十年も薬を作り、先生を助けておられたのです。これも先生のご人徳かとぞんじます。
     先生のお嬢様も東北大医学部で何年も研究された立派な皮膚科の先生で、先生が倒れられたのち、週の半分を八戸で患者さんを見られたとのこと。お嬢様のお子様の3人は筑波大で学ばれ、医学部に入学された方もおられるとのこと。私は将来を期待しています。先生は末を案ずることなく安らかにお休みください。
     医者(得にアレルギー)に生涯を捧げられた先生でした。 2代にわたっての患者より。


    匿名

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