[お偲び] 辰濃和男 氏(朝日新聞社 元論説委員、記者)

辰濃和男(たつの・かずお)
生誕: 1930年1月1日
命日: 2017年12月6日 12時37分
(東京都内の病院で)
年齢: 87歳
出身: 東京都
肩書: 朝日新聞社 元論説委員、記者
事由: 老衰
喪主: 哲郎(てつろう、長男)さん
備考:葬儀は近親者で執り行われた。
東京商科大(現一橋大)を卒業後、1953年に朝日新聞社入社。ニューヨーク支局長、東京本社社会部次長、編集委員を経て論説委員となり、75~88年まで12年余り「天声人語」を書いた。93年に退社し、朝日カルチャーセンター社長や日本エッセイスト・クラブ理事長を務めた。「楽しみながら歩けば風の色がみえてくる」。各地で出合った自然の豊かさを文章で表現した。北海道・知床の自然保護のため寄金を募り、土地を買う「知床100平方メートル運動」を「天声人語」で紹介。四国八十八カ所を3回歩いた紀行を「四国遍路」などに著した。ロングセラー「文章の書き方」で「わかりやすさは文章の基本」として平明さや正確さの意義を強調。「文章のみがき方」で推敲の大切さを説いた。
参照: ウィキペディア
辰濃和男氏が死去 元朝日新聞論説委員
朝日新聞コラム「天声人語」の元筆者、辰濃和男さん死去
辰濃和男氏死去=元朝日新聞社論説委員

追悼の言葉があります

  1. 記者としても、また人としても、大変 素晴らしい経歴と人望の持ち主でありながら、いつも市井の人々の人間らしい生き方に寄り添い、それをエッセイや記事に書かれていらっしゃいました。
    「文は人なり」は 正にこの方のこ
    とを言うのだと…
    穏やかで あたたかく、自然への感性に満ち溢れた文章を書かれる方でした。
    最晩年、不自由な体を押してまでも沖縄に赴き、この地の不条理に憤り抗議する姿勢を示しつつ、最期までジャーナリストの眼を貫いた姿勢に感服いたしました。


    匿名

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