[お偲び] 青木定雄 氏(エムケイ株式会社 創業者、近畿産業信用組合 元会長)

青木定雄(あおき・さだお)
生誕: 1928年6月23日
命日: 2017年6月8日 4時35分
(京都府京都市の病院で)
年齢: 88歳
出身: 韓国・慶尚南道
肩書: エムケイ株式会社 創業者、近畿産業信用組合 元会長
事由: 誤嚥性肺炎
喪主: 信明(のぶあき、長男)さん
備考:葬儀は近親者で執り行われた。本名は兪奉植(ユ・ボンシク)。
立命館大法学部中退。1957年に石油販売会社を創業し、60年にミナミタクシーを設立。77年に同社と別のタクシー会社を合併させてエムケイを立ち上げ、会長に就いた。「同一地域・同一運賃」の規制撤廃を国に求め、タクシー運賃の値下げで全国的な注目を集めた。。売り上げを伸ばすため81年、「MKは運賃値上げをしません」とタクシーにステッカーを貼ってキャンペーンを展開した。業界横並びだった値上げに対抗して、82年には国に値下げを申請。エムケイの値下げ申請を却下した近畿運輸局を83年に提訴。89年に国と和解。93年、全国で初めて運賃引き下げの認可を取得し、規制緩和のモデルケースとされた。東京、大阪、名古屋、福岡など8都市に積極進出し、2001年に会長を退任した。経営不振だった京都シティ信用組合に出資し、再建を支援。同組合が01年、破綻した在日韓国人系信組の大阪商銀から事業を譲り受け、近畿産業信用組合に改称した際、会長に就任した。13年に退任するまで、他の在日韓国人系信組を統合して規模拡大を進めた。04年に韓国政府から最高勲章にあたる「無窮花章」を受章した。
お別れの会:
2017年7月26日 11時~
ウェスティン都ホテル京都「瑞穂の間」
(京都府京都市東山区粟田口華頂町1)
参照: ウィキペディア
青木定雄氏が死去 エムケイ創業者
エムケイ創業者、青木定雄さん死去 国に値下げ闘争挑む
青木定雄氏死去 エムケイ創業者、タクシー値下げで注目
故青木定雄氏のお別れの会 エムケイ創業者
故青木定雄氏のお別れの会(エムケイ創業者、8日死去)

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