[お偲び] 小島孝治 氏(元全日本女子バレーボールチーム監督)

小島孝治(こじま・こうじ)
生誕: 1930年6月29日
命日: 2014年5月27日 0時15分
年齢: 83歳
出身: 大阪府大阪市
肩書: 元全日本女子バレーボールチーム監督
葬儀: 2014年5月29日
会場: 仏光殿臨南寺会館
大阪府大阪市東住吉区長居公園1−32
備考:大阪市立西商高から関西大に進み、2年の時に大阪・四天王寺高女子バレー部の監督に就任した。卒業後は同校教員となり全国高校選手権で3度、国体で5度の優勝に導いた。1964年東京五輪をマネジャーとして支え、大松博文監督を補佐して「東洋の魔女」と呼ばれた日本女子の金メダル獲得に貢献した。翌年、ニチボー貝塚(後のユニチカ、2000年廃部)の監督になり、前任の大松監督が続けてきた175連勝を258まで積み上げた。相手のアタックを粘り強く拾ってポイントを重ねる「つなぐバレー」は、日本バレーの代名詞となった。
バレーボール以外の社会活動にも参加していた。教育委員として奈良市で4年、続いて1996年からは大阪市で8年務め、2004年には大阪市民文化功労賞を受賞した。近年は大阪市スポーツ顧問、おおさかシニアネット理事長、大阪スポーツマンクラブ会長などを務めていた。
参照: ウィキペディア
・ 女子バレー元監督、小島孝治さん死去 ミュンヘン五輪銀
・ 元バレー監督の小島孝治氏が死去
・ 小島孝治氏、浪花の熱血監督「ど根性バレー」いつまでも

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