[お偲び] 柳家小三治 氏(落語家)

柳家小三治(やなぎや・こさんじ)
命日: 2021年10月7日 20時
(東京都内の自宅で)
年齢: 81歳
出身: 東京都新宿区
肩書: 落語家
備考:本名は郡山剛蔵(こおりやま・たけぞう)。葬儀は近親者で施行。
都立青山高校3年のとき、ラジオ東京の番組「しろうと寄席」で15週勝ち抜き。大学浪人中の1959年、五代目柳家小さんに入門、小たけを名乗った。69年、17人抜きで真打ちに昇進、さん治から師匠の前の名でもある十代目柳家小三治を襲名した。奇をてらわずに人間のおかしさを聴かせる引きの芸で、若手の頃から古典落語の本格派として認められた。「青菜」や「小言念仏」「厩(うまや)火事」などの滑稽ばなしを得意とした。また、「粗忽長屋」「千早振る」「初天神」といった長屋の住人が繰り広げる滑稽噺を得意とした。古典の人物や噺の筋を磨きつつ、三遊亭円朝作「死神」のサゲを変えるなど独自の工夫を採り入れた。「文七元結」「芝浜」と人情噺も手掛け、83年には長編「子別れ」を通し口演して話題になった。噺へ導入するマクラは、話すうちに一席の物語性を帯びることがあって売り物となり、マクラだけの著書「ま・く・ら」やCDもある。2010年から14年まで落語協会の会長を務め、14年から同顧問。春風亭一之輔さんら若手の抜擢に取り組んだ。14年には落語家3人目の人間国宝に認定され、古今亭志ん朝や立川談志らスター亡き後の江戸落語界を代表する存在となった。76年「小言念仏」で放送演芸大賞。04年「青菜」などで芸術選奨文部科学大臣賞。05年紫綬褒章。14年旭日小綬章。15年毎日芸術賞。19年度朝日賞。17年に頸椎の手術を受けたが、約3週間後には高座に復帰。その後も東京だけでなく全国で独演会などを精力的に続けていた。最後の高座は10月2日、東京・府中の森芸術劇場での「猫の皿」となった。著書に「落語家論」など。私生活ではオートバイやスキー、オーディオ、クラシック音楽、カメラ、俳句など多趣味でも知られた。文学座の俳優、郡山冬果さんは次女。
参照:
・ 柳家小三治さんが死去 81歳、人間国宝の落語家
・ 柳家小三治さんが死去 人間国宝、江戸の古典落語継承する本格派
・ 柳家小三治さん死去 落語家、人間国宝、81歳

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