[お偲び] 豊竹嶋太夫 氏(文楽太夫、人間国宝)

豊竹嶋太夫(とよたけ・しまたゆう)
命日: 2020年8月20日 19時18分
(東京都内の病院で)
年齢: 88歳
出身: 愛媛県
肩書: 文楽太夫、人間国宝
備考:本名は村上五郎(むらかみ・ごろう)。葬儀は近親者で施行。
素人浄瑠璃が盛んな土地柄で幼少期から義太夫節に親しみ、1948年、15歳で三代目豊竹呂太夫(後の十代目豊竹若太夫)に入門した。二世呂賀太夫の名で初舞台を踏んだ。54年に四代目豊竹呂太夫を襲名したが、翌55年に文楽を離れる(退座)。広告会社の経営など別の仕事に就いたが、68年に復座し、八代目豊竹嶋太夫を襲名した。69年、四世竹本越路太夫門下となる。94年に太夫の最高格である切場語りに。艶のあるよく通る声で、江戸の庶民の暮らしや男女の恋愛を主題とした世話物や歌謡的な節を伴う景事、艶物を得意とし、織田作之助原作の新作文楽「夫婦善哉」では独自の境地を開拓。重厚な時代物にも味わい深い面白みがあった。2015年10月に人間国宝に認定されたが、体力などを理由に翌年2月の舞台「関取千両幟」を最後に現役を引退した。夫に顧みられない妻の悲哀を描いた「艶容女舞衣」などに定評があった。後進の指導にも熱心で、豊竹呂勢太夫ら多くの弟子を育てた。95年紫綬褒章、08年旭日小綬章。
参照:
・ 豊竹嶋太夫さんが死去 文楽太夫の人間国宝
・ 人間国宝の豊竹嶋太夫さん死去 人形浄瑠璃文楽の太夫
・ 豊竹嶋太夫さん死去、88歳 文楽太夫、人間国宝

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