[お偲び] 辻久子 氏(バイオリニスト)

辻久子(つじ・ひさこ)
命日: 2021年7月13日
(大阪府大阪市で)
年齢: 95歳
出身: 大阪府大阪市
肩書: バイオリニスト
備考:本名は坂田久子(さかた・ひさこ)。葬儀は近親者で施行。
6歳でバイオリンを始め、宝塚少女歌劇団管弦楽団のコンサートマスターだった父の吉之助さんに指導を受けた。1935年に9歳でデビュー。38年、12歳で第7回音楽コンクール(現・日本音楽コンクール)のバイオリン部門で1位になり「天才少女」「悪魔の子」として脚光を浴びた。その実力は作曲家の山田耕筰もほれ込むほどで、予選からほかの出場者を圧倒していたという。前年1位だった東京出身の巌本真理さんとともに、「東の巌本、西の辻」と並び称された。吉之助さんの厳しい指導は有名で、織田作之助の小説「道なき道」のモデルにもなった。15歳のころにはプロとして活躍。東京で、「4大バイオリン協奏曲」を2夜連続で弾く演奏会を開くなどした。戦前は、文部省(当時)派遣の音楽使節として旧満州(現中国東北部)をはじめ中国各地で演奏。50年代以降はたびたび、旧ソ連のほか、チェコ、英国、スイスなど欧州各国への演奏旅行に出掛けた。国内外で4000回超のステージに立ち、第一線で活躍を続けた。シベリウスやハチャトゥリアンのバイオリン協奏曲の国内初演を手がけ、日本の音楽史に名を刻んだ。73年に、自宅を3500万円で売却してイタリアの名器「ストラディバリウス」を購入したことでも知られる。84年には、辻さんの半生を描いたテレビドラマ「弦鳴りやまず」が放映され、話題を呼んだ。演奏活動で得たものを還元しようと93年、桜宮弦楽塾(後の辻久子弦楽塾)を開き、子供から20歳ぐらいまでの生徒たちにバイオリンを教えていた。クラシックに限らず、教育や文化振興にも熱心だった。89年、紫綬褒章を受章。
参照:
・ 辻久子さんが死去 バイオリニスト
・ バイオリニストの辻久子さん死去、95歳 戦前から活躍
・ 辻久子さん死去 バイオリニスト、95歳

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