北田耕也さんは

時代の波に翻弄されながらも

皆様とともに人生を歩んできました

幾多の苦難を乗り越えて

生き抜いてきた90年

[おくやみ]北田耕也 氏(明治大学 名誉教授)90歳 2019年3月16日逝去

[お偲び] 北田耕也 氏(明治大学 名誉教授)

北田耕也(きただ・こうや)さん
命日: 2019年3月16日
(自宅で)
年齢: 90歳
出身: 福岡県
肩書: 明治大学 名誉教授
備考:専門は社会教育学。葬儀は近親者で施行。
参照:
・ 北田耕也氏死去 明治大名誉教授

北田耕也さんの尊さは

時を越えて永遠に生き続けます

決して忘れられることなく

追悼の言葉があります

  1.  先生の訃報を、朝日新聞および東京新聞で知りました。自身の東洋大学教育学科第1期生としての、1966年度「受験届及び成績評価表には、学部3年時の「社会科教育法」の成績が83点と記されています。

     広い階段状の講堂での講義だったかと思います。顧みますと、先生の講義の「エピソードソード」が、在学中に最も「衝撃」を受けたお言葉かも知れません。地方へ講演に行かれた際の、懇親会でのお話でした。お酒の席には、時として「返盃」の「しきたり」が顔を出しますが、先生は返盃をされなかったので、先生のお席の前には、瞬く間に盃が山のようにたまってしまったというような内容だったかと思います。

     先生のとられたこの行為で、自身は先生の「虜」になってしまいました。恥ずかしながら先生のご著書に親しんだのは、ここ数年前からです。

     「自惚れ」と一笑されることを覚悟で、極めて個人的な推測をさせていただきます。学部4年次の就職準備の一般教養模擬試験を受けている頃、担任の倉内史郎先生から、毎日新聞を受けてみないかというお話が社会学科の先生からきているがどうだ、と打診をいただきました。

     当時の自身は、半分「神経症」みたいな情況でしたので、丁寧に礼を失しないようにお断りをさせていただきました。「邪推」ですが、先生同士、東京大学文学部教育学科社会教育学科ご出身とうことで、このお話は北田先生の温情だったのかしらと思いだしました。

     先生からはご著書を通じたご教示いただいた訳ですが、大層先生を敬愛させていただいています。最後に、先生の「ペンネーム」が大音寺一雄さんであることを最近知りました。早速『姉弟私記』を購入しました。先生の「孤独」を深められた一面が記されているようです。先生の面影をお慕いしながらページを繰りたいと思います。

     私事が長くなり失礼しました。安らかにお眠りください。ありがとうございました。


    東洋大学教育学科第1期生 澤山 強(さわやま つよし)
    供花(カラー)

追悼の言葉を残す

供花(カラー)