小崎健一さんは

時代の波に翻弄されながらも

皆様とともに人生を歩んできました

幾多の苦難を乗り越えて

生き抜いてきた52年

[おくやみ]小崎健一 氏(岡山大学 教授)52歳 2016年5月29日逝去

[お偲び] 小崎健一 氏(岡山大学 教授)

小崎健一(こざき・けんいち)さん
命日: 2016年5月29日 14時56分
(岡山県岡山市の病院で)
年齢: 52歳
出身: 愛知県名古屋市
肩書: 岡山大学 教授
葬儀: 2016年6月1日
会場: セレマ清輝橋シティーホール
岡山県岡山市北区清輝橋3丁目9−15
備考:専門は分子腫瘍学。口腔がんの専門家だったが、自らも舌がんで舌や顎の骨を摘出。
参照:
・ 小崎健一氏(こざき・けんいち=岡山大教授、分子腫瘍学)
・ 小崎健一氏死去 岡山大教授

小崎健一さんの尊さは

時を越えて永遠に生き続けます

決して忘れられることなく

4つの追悼の言葉があります

  1. こんな形で近況を知ることになるなんて残念でたまりません。元気でご活躍のこととばかり思ってました。GWにgoogleストリートビューで藤森のあたりを見ながら、「小崎君ちはどこだったっけ?」と家族で話したばかりです。

    私たちが引っ越す前日にわざわざ訪ねてきて、私にはちっちゃなリモージュの置物をくれたね。ちゃんとまだ持ってるよ。

    広大に行ってる頃は、急に家に来てはソファに寝転がってテレビ見ながら、あっという間に寝ちゃってたね。当時はポケベルだったから、お友達から連絡があると「僕、みんなのアッシーなんだ」と笑いながらバイクで帰って行っちゃって。

    京都に行くついでに、何年かぶりで名古屋のお宅を急に訪ねた時なんか、忙しいのに急いで帰ってきてくれたよね。おまけに、車で「京都まで送っていくよ。大丈夫、大丈夫。2時間もあれば…」と言ってくれて。ありがとね。
    結局は名古屋駅までだったけど、あれが最期になるなんて思ってもみなかったよ。

    よく頑張ったね。花マルをいっぱいつけてあげる。遺していく人たちのこと、気がかりだろうけど周りの人がきっと助けてくれるよ。小崎君がみんなにしてたようにさ。ほんとにほんとにお疲れ様。
    もう、ポケベルや携帯のベルで起きなくてもいいよ。
    どうぞ、どうぞ、安らかに眠ってください。


    匿名
    供花(カラー)
  2. 凄く悲しく、残念でなりません。医科歯科に居られた頃は明るく豪快!先生の笑顔しか記憶にありません。その後、岡山に赴任され舌ガンになった事を噂でお聞きしました。それでも夢の会話プロジェクトを立ち上げ、流石小崎先生だなあっと感心し、この調子なら大丈夫と思っていました。今日ふと先生のことが気になりネットで検索したら、、、、、。知りませんでしたもう逝かれたなんて、、、


    匿名
    供花(カラー)
  3. 仕事をする時調べてる先生の中で小崎健一先生もいて、きっと優秀先生だと思いました。一回も会ったことないのに、先生の最後までの笑みは勢い溢れて学生まで届いたんだろう


    宇座生
    供花(カラー)
  4. 今更ながらですが…ふと先生といろいろお話させていただいたことを思い出しました。素晴らしい功績を残された先生だったのですね。気さくにたくさんお話してくださり感謝です。
    笑顔でまだ研究を続けておられることと思います。
    どうぞ安らかに…。


    匿名
    供花(カラー)

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