石丸文隆さんは

時代の波に翻弄されながらも

皆様とともに人生を歩んできました

幾多の苦難を乗り越えて

生き抜いてきた75年

[おくやみ]石丸文隆 氏(八戸市立長者小学校 元校長)75歳 2015年12月26日逝去

[お偲び] 石丸文隆 氏(八戸市立長者小学校 元校長)

石丸文隆(いしまる・ふみたか)さん
命日: 2015年12月26日 3時
(青森県八戸市の自宅で)
年齢: 75歳
出身: 新潟県
肩書: 八戸市立長者小学校 元校長
葬儀: 2015年12月31日
会場: 報恩会館 根城
青森県八戸市根城7丁目16−3
備考:市立西園小、城北小、長者小の校長を歴任し、2001年に退職した。
参照:
・ 訃報 - デーリー東北新聞

石丸文隆さんの尊さは

時を越えて永遠に生き続けます

決して忘れられることなく

2つの追悼の言葉があります

  1. 石丸先生、今頃になって訃報を知りました。いつか会いたいと思いながら結局最期まで会えなかった。
    自信がなく、消極的で無気力な子供だったわたしに『あなたも大学行けるんだよ』
    この一言がどんなに私の力になったことか。何気なく言ってくださった言葉がわたしの中でどんどん大きくなりました。わたし看護師になったんですよ。ご存知でしたでしょうか。先生のお陰です。
    卒業式に先生が贈って下さった『草魂』という言葉、辛い時思い出しています。
    いつかの年賀状に『赤いアコーディオンを弾くあきこさんが思い浮かびます』と書いてありました。覚えていてくれて嬉しかった。
    わたし、あの頃よりずっとずっと強くなったんですよ。
    いつかいつかと言っていると本当に会えなくなるんですね。
    一度お礼を言いたいと思っていました。心から本当にありがとうございました。
    ご冥福をお祈りいたします。


    髙橋昭子
    供花(カラー)
    • 私は姪にあたるものです。叔父には娘のように可愛がってもらいました。このサイトを偶然目に致しましてご返信させて頂きます。
      大変、有難い言葉です。今度お墓参りには、貴女様から頂いたこの言葉報告いたしますね。私も叔父には、
      「習いに行かなくても毎日毎日続けたら、いつか弾けるよ」と夕食後にショパンの夜想曲をひいて聞かせてくれました。その経験が、私の進路にも灯りをもち導いてくれました。
      どうか、ご自愛くださいね。


      匿名
      供花(カラー)

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