[お偲び] 芹沢文子 氏(東京音楽大学 元教授)

芹沢文子(せりざわ・ふみこ)
命日: 2015年7月17日 20時15分
(東京都新宿区の病院で)
年齢: 81歳
出身: 東京都
肩書: 東京音楽大学 元教授
事由: 肺がん
備考:葬儀は近親者のみで執り行われた。専門は声楽。作家の故芹沢光治良氏の三女。

4つの追悼の言葉があります

  1. 大阪言の葉合唱団で歌わせていただいていました。心を込めて歌うことの素晴らしさを教えていただきました。ありがとうございました。


    伊澤節代
  2. 心優しく美しく朗らかなお方。女性のかがみ・・。ああ、本当にお帰りになられてしまったのですね。 どうぞあちらの世で、楽しく自由にお幸せに、素晴らしき御両親様達とお過ごしくださいませ。

    言葉も無いくらい哀しく切ないです。でも文子先生が残してくださったものは永遠に
    豊かに私たちの中に生き続けます。

    「愛」を届けにこの世にいらしてくださった文子先生・・・確かに受け取りました。合掌


    匿名
  3. 芹沢先生の訃報を知り、母と文学館へ、ただ、白百合の花をとどけたいとの一念で

    まいりましたこと思い出します。

    九州からですか、と、文学館の方に、温かいお声をかけていただきまして、母娘として

    最期の旅路ともなりました。

    また、母も何度か文子先生に、愛読者としてなにか、はなしていた様子もありました。

    母を看病するようになり、いつも文子先生ならば、どうされるか、と問いつつ。

    時はたち、娘の、私も嫁ぎ、母も旅立ち、7回忌を迎える節目の年。

    私の側には、いつも芹沢文学があります。追悼に変えまして、謹んでささげます。

    人生という旅路にて 教えたもう本あり ふときけば こもりうた 祈りあり 

    永久に われらを照らしつづけたもう 尊きみたま ひかり いのち 

    とこしえに とこしえに 不滅なりと いまも 旅路をてらしたもう

     

    いまは 心の中で  ただ  一輪の花を  たむけております。


    白石佳代
  4. 文子先生
    文子先生
    文子先生
    何度も何度もお名前を呼んで
    でも
    私には未だに文子先生にお会いできなくなった事が信じられません

    ちゃんとお話した事も有りませんでしたが
    私の厄介な手紙に
    何時も丁寧に暖かいお返事を頂き
    どれだけ言葉を尽くしても
    文子先生に感謝の気持ちを伝えることが出来そうにありません
    毎日 文子先生にお教え頂いた
    「今日は素晴らしい1日を
    ありがとうございました」
    とお祈りしています

    私の憧れ
    私の先生
    私の目標

    到底辿り着けそうにない
    文子先生みたいに
    私はなりたいです

    いつの日か
    私が天国に行ったなら
    又先生のお話を聞かせて頂きたいです
    そして
    先生に
    私 素晴らしい人生を頂きました
    とご報告させて頂きたいです

    今の私であるのは
    文子先生と光治良先生のお陰です
    本当にありがとうございました
    (^人^)

    文子先生
    私を覚えていてくださいね
    必ず
    ご報告しにお伺いします
    その日を楽しみに
    「今日の素晴らしい1日」
    に感謝して生きていきますね

    ありがとうございました*\(^o^)/*


    匿名

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