[お偲び] 谺雄二 氏(ハンセン病国家賠償訴訟 全国原告団協議会会長)

谺雄二(こだま・ゆうじ)
命日: 2014年5月11日 3時54分
年齢: 82歳
出身: 東京都
肩書: ハンセン病国家賠償訴訟 全国原告団協議会会長
葬儀: 2014年5月13日
会場: 栗生楽泉園 中央会館
群馬県吾妻郡草津町大字草津乙647番地
備考:7歳でハンセン病を発症し、東京都東村山市にあった全生病院(現在の国立療養所「多磨全生園」)に入所。51年に栗生楽泉園に移った。入所者の待遇改善を求めた戦後の人権闘争で国会での座り込みにも参加するなど、「闘士」として運動を主導した。1999年原告として東京地裁にらい予防法人権侵害謝罪・国家賠償請求訴訟を提訴。国による患者の隔離政策の違憲性を訴えた国家賠償訴訟で元患者らの先頭に立ち、国の誤りを認めた2001年の熊本地裁判決と政府の控訴断念を勝ち取った。04年に全国原告団協議会の会長に就任し、元患者の差別や偏見をなくし、権利を守るハンセン病問題基本法の制定に力を入れた。その後も栗生楽泉園の入所者自治会副会長として、元患者の名誉回復や療養所の職員削減による窮状などを社会に訴え続けた。楽泉園にあった患者の監禁施設「重監房」の復元を国に求める運動にも取り組み、4月30日に重監房資料館開館を実現したばかりだった。詩人でもあり、患者らの思いを詩を通じて代弁し、『ライは長い旅だから』などの詩集を残した。
参照: ウィキペディア
・ 谺雄二さん死去 ハンセン病原告団協議会長
・ 谺雄二氏が死去 ハンセン病国賠訴訟全国原告団協議会会長
・ 追悼 谺雄二 - みすず書房

追悼の言葉があります

  1. こだま様、お会いする機会はありませんでしたが学校の授業でハンセン病を知り、その歴史を学ぶうちにこだま様の存在を知りました。こだま様の魂は詩や本の中で生き続けます。今もこうしてインターネットの中で再開することができました。
    あなた様が残された貴重な言葉を後世に残せますよう願っています。


    匿名

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