[お偲び] 嶋悌司 氏(朝日酒造株式会社 元専務、新潟県醸造試験場 場長)

嶋悌司(しま・ていじ)
命日: 2020年5月18日
年齢: 90歳
出身: 新潟県新発田市
肩書: 朝日酒造株式会社 元専務、新潟県醸造試験場 場長
備考:葬儀は近親者で施行。後日、お別れの会を開く。
1950年、宇都宮農林専門学校(現宇都宮大学農学部)を卒業後、酒造りの研究と担い手を育てる県醸造試験場に技師として就職。戦後、甘口から辛口に変わりつつあった消費者の好みを感じ取り、当時「砂糖水」とやゆされることもあった県産日本酒を「淡麗辛口」の方向に転換するよう指導した。77年に場長になり、淡麗辛口の酒造りの指導、普及に尽力した。84年、54歳で試験場長を退職した後、朝日酒造第4代社長の平沢亨氏に招かれ、工場長として入社。後に看板商品となる高品質の新ブランド「久保田」の開発を主導した。蔵元が小売店を選別して直接取引する画期的な販売方式が新たな市場を開拓し、東京の居酒屋に「久保田あります」と貼り紙が出るほどの人気を呼んだ。91年に専務就任。2003年に退職した。1984年に県酒造組合が設立した新潟清酒学校にも構想段階から携わり、初代校長として酒蔵の枠を超えた後進の育成に力を注いだ。朝日酒造が設立した財団法人「こしじ水と緑の会」専務理事も務め、同社の地元である越路地域でホタルの保護活動にも取り組んだ。日本酒へのこだわりは著書にもみられ、「酒を語る」(朝日酒造発行)では「飲み屋で客の様子を見ても、(略)談笑しながら、いつの間にか酒を空けている。酒は心の潤滑油だ。酒を仲立ちに食べながら、心を通わせる。その酒は、料理の味が分からないほど、くどくては困る。あっさりして、軽めの方がいい。新潟清酒の特徴は、その方向を目指して仕上げてきたところにある」と書いている。
参照:
・ 朝日酒造元専務 嶋悌司さん死去
・ 朝日酒造元専務、嶋悌司さん死去 「久保田」の開発主導

追悼の言葉があります

  1. 嶋先生 お疲れ様でした。いまから40年以上前東京から就職で新潟に来て間もない頃先生の講演を拝聴し以来生活に日本酒が欠かせなくなりました。新潟のお酒を飲むたびに先生のことを思い浮かべていました。
    先生が冥府に旅立たれたことを新潟日報で知り肉親以上の喪失感を覚えました。
    新潟と新潟のお酒を愛し育ててきた先生。黄泉の国でお疲れを癒やしおいしいお酒を楽しんでください。ありがとうございました。


    柴田 正裕

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