[おくやみ]坂本義和 氏(東京大学 名誉教授)87歳 2014年10月2日逝去

[お偲び] 坂本義和 氏(東京大学 名誉教授)

坂本義和(さかもと・よしかず)氏
生誕: 1927年9月16日
命日: 2014年10月2日
(東京都内の病院で)
年齢: 87歳
出身: アメリカ合衆国ロサンゼルス
肩書: 東京大学 名誉教授
備考:葬儀は近親者のみで執り行われた。
東大法学部卒。米国留学後の59年、雑誌「世界」掲載の論文「中立日本の防衛構想」で、中立的な諸国の部隊による国連警察軍の日本駐留を提唱した。64年、東大教授。66年、中国との国交などを主張した「日本外交への提言」で第1回吉野作造賞を受賞するなど、学問的成果をしばしば提言の形で世に問い、戦後平和思想の定着に貢献した。79~83年、欧州以外で初の国際平和研究学会事務局長を務めるなど、幅広く活動した。東大退官後は、明治学院大教授を務めた。権力政治(パワー・ポリティクス)理論を克服して、国際社会の非軍事化を軸にする「世界秩序構想」理論を体系化した。平和主義を重視しつつ、護憲派の課題も指摘した。日米安保も憲法理念も同時に実現しようとする姿勢は「憲法をめぐる二重基準」だと批判。矛盾をあいまいに済ます思考停止はやめて、両者のギャップを埋めるべく軍縮や緊張緩和に向けた具体的構想を打ち出すべきだと訴え、高坂正尭や永井陽之助ら現実主義の国際政治学者らと外交政策を巡って論争を展開した。同時に、一国平和主義的な日本外交にも批判を加えた。防衛費GNP(国民総生産)比1%枠撤廃に対し、反対の立場から積極的に発言した。国連の平和維持的な活動に寄与する必要性も早くから主張。武力を含めた「人道的介入」についても、97年、北大西洋条約機構(NATO)軍の旧ユーゴ空爆に関して「強制力の限定的行使は相対的有効性をもつ場合がある」と述べた。10代で体験した敗戦を「国家による棄民」と感じ、それが平和主義と民主主義を希求する原点になったと2005年に語った。著書に「核時代の国際政治」「平和 その現実と認識」(毎日出版文化賞)「軍縮の政治学」「相対化の時代」「人間と国家 ある政治学徒の回想」など。「坂本義和集」全6巻がある。
参照: ウィキペディア
・ 国際政治学者の坂本義和さん死去 平和主義の可能性追求
・ 坂本義和氏が死去 国際政治学者、戦後の平和学をリード
・ もう一つの選択、問う 坂本義和さんを悼む:藤原帰一氏 | 晴耕雨読

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