[おくやみ]松山俊太郎 氏(インド学研究者)83歳 2014年5月11日逝去

[お偲び] 松山俊太郎 氏(インド学研究者)

松山俊太郎(まつやま・しゅんたろう)氏
生誕: 1930年8月27日
命日: 2014年5月11日
年齢: 83歳
出身: 東京市芝区三田綱町
肩書: インド学研究者
葬儀: 2014年5月19日
会場: 代々幡斎場
東京都渋谷区西原2丁目42−1
備考:葬儀委員長は、弟子の丹羽蒼一郎(そういちろう)氏。
明治時代の茶人・松山吟松庵の孫。両親は開業医。1945年、趣味の手榴弾の分解作業中に爆発をおこし、左手の手首から先を失う。 留年と浪人を経て、1951年、東京大学文科2類(現在の文科3類に相当)に入学。同級生に阿部良雄や石堂淑朗、種村季弘、吉田喜重などがいた。1953年、文学部印度哲学科に進学し、サンスクリット文学(サンスクリット語)を専攻。同大学院修士課程(印度哲学専攻)修了。 サンスクリット学者として蓮を研究。その研究の一端は、『蓮と法華経-その精神と形成史を語る-』(第三文明社)として発表されている。 また、ボードレール『悪の華』原書の初版および再版を日本でただ一人所有しているなど稀覯書の蒐集家としても知られ、小栗虫太郎や夢野久作など、戦前の探偵小説の初版本等も所有している。 著書に『球体感覚御開帳』(冥草舎)、『インドを語る』(白順社)、『綺想礼讃』など。訳書に『タントラ』(平凡社)などがある。澁澤龍彦との交遊関係は有名。巌谷國士・種村季弘・出口裕弘との共著に『澁澤龍彦を語る』(河出書房新社)。また、「澁澤龍彦全集」(河出書房新社)の編集や探偵小説の鬼才・小栗虫太郎の研究などで知られた。
参照: ウィキペディア
・ 松山俊太郎氏死去 インド学研究者、渋沢龍彦全集を編集
・ 松山会報告

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