榮久庵憲司(えくあん・けんじ)氏
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生誕:
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1929年9月11日 |
命日:
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2015年2月8日 3時57分 (東京都新宿区の病院で)
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年齢:
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85歳 |
出身:
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東京都 |
肩書:
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工業デザイナー |
備考:密葬は近親者のみで執り行われる。本葬は3月17日午後1時、増上寺 大殿で。
日本を代表する工業デザイナーの一人。広島の寺の住職だった父の跡を継ぎ、戦後はいったん僧侶の道へ。その後、東京芸術大図案科で学んだ。1957年に「GKインダストリアルデザイン研究所」を設立し、所長に。戦後社会の中で、誰もが美しいデザインに触れられる「モノの民主化」「美の民主化」を唱えた。特に、液だれしない機能性とすっきりした形で知られる「キッコーマンの卓上しょうゆ瓶」は61年の発売以来のロングセラーで、国内外向けに約4億本生産された。その他に、秋田新幹線「こまち」や成田エクスプレスの車体、ヤマハ発動機のオートバイ、日本中央競馬会やミニストップのロゴマークなど数多くのデザインを手掛けた。大阪万博などの博覧会デザインにも携わり、89年に開催した世界デザイン博覧会(名古屋市)の総合プロデューサーも務めた。世界デザイン機構会長や国際インダストリアルデザイン団体協議会名誉顧問も務めた。79年に「工業デザイン界のノーベル賞」といわれるコーリン・キング賞、2000年に勲四等旭日小綬章、03年にラッキーストライク・デザイナー賞をそれぞれ受賞。著書に「道具考」「モノと日本人」「幕の内弁当の美学」など。浄土宗の僧侶でもあり、近年は極楽浄土の光景をハスの造花などで再現した展覧会を東京や広島で開催した。
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参照:
ウィキペディア
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栄久庵憲司氏が死去 工業デザインの草分け
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栄久庵憲司さん死去 しょうゆ卓上瓶などデザイン
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大阪万博、キッコーマン醤油瓶デザインの栄久庵憲司さんが死去 「美の民主化」訴え
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