[おくやみ]立花隆 氏(ジャーナリスト、評論家)80歳 2021年4月30日逝去

[お偲び] 立花隆 氏(ジャーナリスト、評論家)

立花隆(たちばな・たかし)氏
命日: 2021年4月30日 23時38分
年齢: 80歳
出身: 長崎県長崎市
肩書: ジャーナリスト、評論家
葬儀: 2021年5月4日
備考:本名は橘隆志(たちばな・たかし)。葬儀は近親者で施行。
北京に渡り、終戦後引き揚げ、水戸市で育つ。1964年、東大文学部仏文科を卒業後、文芸春秋社に入社。週刊誌記者として働いたが2年後に退社し、東大文学部哲学科に学士入学し、在学中に「立花隆」の名でルポライターを始めた。74年、「田中角栄研究 その金脈と人脈」を文芸春秋誌に発表、故田中角栄首相の金権政治の実態を明らかにし、同年12月の内閣総辞職、首相退陣、ロッキード事件摘発のきっかけとなった。「政治とカネ」の問題を社会に提起し、数多くの資料を駆使した手法で「調査報道」の先駆的事例として知られ、「ニュージャーナリズムの旗手」と呼ばれた。政治をテーマとした執筆活動に加え、科学技術分野の取材、評論も積極的に行い、日本人科学者がノーベル物理学賞を受賞した素粒子ニュートリノ研究など、最先端科学技術の取材に力を入れ、サイエンスライターとしても知られた。また「脳死」「臨死体験」「脳を究める」などの脳に関する著作や、宇宙など幅広い分野で言論活動を展開した。東大大学院や立教大で特任教授となり、後進を育てる教育活動にも熱心に取り組んだ。放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会委員、日本文学振興会評議員なども務めた。2007年に膀胱がんの手術、翌年には冠状動脈の機能不全が見つかり、心臓の手術も受けた。治療を続けながらがんについても多くの著書を発表していた。月刊誌の巻頭随筆の連載を続ける一方、晩年を意識したような著書も出版。20年に刊行された「知の旅は終わらない」では、「死んだ後については、葬式にも墓にもまったく関心がありません」とつづっていた。「生命の大いなる環の中に入っていく感じがいいじゃないですか」とも記し、葬儀は5月4日に樹木葬で営まれた。主な著書に「中核VS革マル」「日本共産党の研究」「宇宙からの帰還」「精神と物質」「死はこわくない」など。綿密な取材で組織の内幕に迫る作品を手がけた。83年菊池寛賞、98年司馬遼太郎賞など受賞多数。
参照:
・ 立花隆さんが死去 評論家、「田中角栄研究」
・ 評論家・ジャーナリスト立花隆さん死去「田中角栄研究」
・ ジャーナリスト立花隆さん死去 「知の巨人」、80歳―「田中角栄研究」

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